スタッフの日記

7月3日(月)曇り
 ベトナム人LONG君が無錫胡蝶へ料理研修に来て2週間が経った。
お互い全く言葉が出来ない者同士、随分無茶な試みかもと思ったけど
何とかここまで来れた。先日、お互い言葉が通じないままに、日本を知
らない中国人がベトナム人に、和食の基本「大根のかつら剥き」を教え
てるのは、何とも妙な光景だった。毎日約2時間、あいうえお を教えて
いるけど、これがかなりの難問題。発音の仕方が根本的に違っている
のか、なかなか言えない。2週間かかって がぎぐげご 迄は何とか言え
るようになったけど、きゃきゅきょ に至っては全く不可能。当然書くこと
も出来ない。中国人には何の問題もないことなのに、こんなところにも
思わぬ問題が潜んでる。一度、すぐにも帰りたいと泣きが入ったけど、
今はまた一生懸命に頑張ってる。初めての外国で、全く言葉も分からず、寮での集団生活と初めての料理作り…、
本当によく頑張ってると感心するところだけど、南国のせいか、なんか全てにのんびりしてるようで悲壮感も感じられ
ず、感情表現も中国人と対照的に控え目なので、その反応には戸惑ってしまう。あと2ヶ月半ほど、なんとか頑張って
くれて、一つでも多くの料理とその名前を覚えてくれるよう願わずにはおれない。
7月13日(木)晴れ
 6月20日から、単身ベトナムから言葉も分からないまま無錫に来てい
たLONG君だけど、結局合わずにこの20日でベトナムへ帰ることになっ
た。それで、今日は朝からLONG君の送別会を兼ねて、無錫名所の映
画村?3ヶ所の一つ、水滸城へ行った。総勢15人、8時に店前に集合
し、バスで約20分。水滸城に着く。広々とした城内は、平日とこの暑さ
もあってか、さすがに人は少なかった。城内各所で時間を変えて催され
る何回かの野外劇を見、馬に乗り(ラクダまでいた)、実際に行われて
た時代劇のTV撮影を見学したり、それなりに面白かった。中でも、宙吊
りを多用したかなり大掛かりなアクション劇があったけど、何人もの宙
吊りが機械でなくすべて人力で、しかもスムーズに行われており、さす
が中国!と感心してしまった。この20日間余り、寮と店の往復だけだったLONG君には初めての中国観光?。元気
一杯の中国人たちに比べ、やはり控え目でおとなしかったけど、いつもより笑顔が多く見られ、何となくホッとした。昼
頃、水滸城をあとにバスで戻る。来る時ははかなり混んでたけど、帰りはゆったり。店近くの四川料理「川」で食事して
1時半頃解散。
7月20日(木)
 ベトナム・ホーチミン店開店についての諸々の準備の為、一先ず日本に帰ることにし、今日でベトナムへ帰るロン君
と一緒に午後1時のバスで浦東空港へ向かった。劉君・ロンちゃん・新君が見送りに来てくれた。何はともあれこれで
国に帰れると、ロン君は終始うれしそうだったけど、こちらの気持ちはそうは晴れない。夕方、1ヶ月の短い付き合い
だったロン君と別れて大阪へ向かう。新地の店もそれなりに問題を抱えており、これから1週間、いろいろと忙しくなり
そう。夜10時過ぎ大阪駅着。とりあえずサウナに行って汗を流し、そのまま家に帰って寝る。
7月27日(木)
 開店準備・新地の店の問題解決等、慌しい1週間の帰国を終え、北京経由の格安チケットでいよいよベトナムへ。
午後2時に関空を発ち、途中北京で4時間ほど待って深夜12時半過ぎにホーチミン着だった。北京空港では、どの
職員も移動の際、必ずキチンと軍隊式に整列して動いているのが、自由な上海と違ってた。ホーチミンのタンソンニュ
ット空港には、これからいろいろとお世話になるUさんが迎えに来てくれてた。Uさんのバイクに乗り、当分厄介になる
Yさん宅へ。いよいよ明日から本格的なベトナム生活が始まる。
8月1日(火)晴れ一時雨
 今日から現場の工事が始まった。朝7時半に現場へ。先ずは取り壊
しから。以前は旅行代理店だったので、それほど込み入った造作はな
く、ただ潰していくだけ。今回の工事は、経費節約もあって、ほぼすべて
自分で図面を描いたので、その点だけが少し心配だ。これから約1ヶ月
半、果たしてどうなることやら・・・。
8月4日(金)晴れ一時雨
 中国で2年ほど生活したので、多少のことには驚かないけど、ホーチ
ミンのバイクの多さにはちょっと驚いた。ともかく何処へ行ってもバイク、
バイク、バイク。間違いなくバイク密度では圧倒的に世界一だろう。ほと
んどが125cc以下の、日本で言うところの原付か小型2輪。2,30年
前のカブが現役で普通に走ってる。日本製が圧倒的人気だけど、高い
のでコピー車も多い。定員は、大人2人子供2人の4人まではOKとのこ
とで、要するに自家用車。至る所で親子4人乗りを見かけるし、ともかく
何でもバイクで運んでる。何回かヘルメットの着用が義務付けられたが
暑いせいか、結局ノーヘルOKになってるらしい。路上駐車してると盗ま
れるとのことで、街中いたる所に駐輪場があり、1回2千ドン(約14円)
夜は皆、部屋の中へ入れて寝てる。そんな所なので、早速1台買った。ケチって中国製。新車の110ccが諸経費込
で4万円余と本当に安い。でもさすがに中国製。初めからメーター類が全く動かないし、ミラーは初日に取付口がダメ
になった。(もっともバイクの数が多過ぎて、ミラーは走行中邪魔になり、殆どのバイクがミラーを外してる)クラッチの
調子もおかしく、買った所ではうまく直せないということで、街の修理屋さんへ。その他、ステップのゴムが2ヶ所外れ
るなど、100kmも走らないうちにかなりの修理をした。といっても修理代全部で二千円ほど。ただ当然のことながら、
排気ガスが結構凄く、マスクを買おうかどうか現在思案中。
8月6日(日)晴れ一時雨
 工事が始まって6日目。初めての日曜日。でも今回の工事は土日も
なしの突貫工事。先ずは部屋の仕切り壁を潰し、天井と屋根を取り払っ
てく。前の天井高が2m70cmほどあり、日本では十分な高さだったけど
ベトナムではまだ低いとのこと。日本で屋根を葺き替え、天井高を上げ
るとなると相当な工事になるけど、こちらは簡単なトタン屋根。それで、
天井を3m10cm余まで上げることにした。あと、角地のため、2面道路
に接してる、従来は壁だけだった一面に新たに入口を設けて、レンガを
積み上げた。元々この土地は隣りの建物と一つで、遺産分けで兄弟が
分割したらしく、そのため、古い家の一部が1m余こちらにはみ出して
おり、相当な高さもあるので、その部分はそのまま使うつもりだったけど
残りの壁が全部無くなってみると、それだけ残すのは変で、予定を変更して撤去することにした。かなり大きな壁なの
で、その分工事が遅れるとのことだけど仕方がない。
8月12日(土)晴れ一時雨
 隣りの建物から1m余はみ出してる古い建物の一部の取り壊しが始ま
った。レンガ&コンクリートとはいえ、かなりの壁厚もあり、人力では相
当無理があると思ったけど、やはり人力だった。途中、機械も持って来
たけど、すぐに故障して動かなくなり、結局3日間かけての人力だった。
その後、壁に鉄パイプを取り付けての屋根葺き。ここで又驚かされた。
トタンとはいえ、これだけの屋根(約6m×16m)となるとかなりの大きさ
で、1本を大人が8人掛かりで運び入れた巻物2本だったけど、これを
おっちゃん1人があり、シクロを漕いで持って来た。信じられない脚力。
ともかく工事開始3日目から青天井だったのが、8日ぶりに屋根がつき
何となく一安心。
 ところで、下見した時から、何か臭ってた古い建物の一部だけど、何
と、コウモリが4,50匹も棲みついてたのにはこれ又びっくりした。突然
棲み処を追われたコウモリ達は果たして無事に新しい棲み処を見つけ
たんだろうか。中国と同じく、ここでも職人が何人か現場に住み込んで
て、雨季だけに毎日必ずスコールがあり、ここ8日間は屋根も無く、しか
も潰した壁のレンガくずが散乱してるだけに、どうして寝てるんだろうと
思ってたら、さすがは生活の知恵。そのレンガくずに鉄パイプを突っ込
んで柱を立て、ビニールシートを屋根とし、足場に乗せる厚さ5cm程の
踏み台を敷いて雨を防いでいた。屋根が出来てからはむしろ、乾き切
ってない壁のコンクリートからの湿気がこもってかなり蒸し暑く、睡眠環
境はむしろ悪化してた。ここホーチミンでは無錫と違って、銀座の老舗料亭の支店があったり、日本人経営者が多か
ったりと、かなり日本色が強いけど、それでも毎朝どこへ出掛けるのか、絽の着物をキチンと着こなした日本女性が
日傘をさして現場の前を通るのも驚きのひとつ。あと、外資企業の事務所が多いビルの中で、とある会社の入口に
お盆の迎え火といった感じのお供えがどんと置いてあったのもちょっとした驚きだった。最後の1枚は、屋根を運んで
来たおっちゃんのシクロ。
8月15日(火)晴れ一時雨
 敷地内の壁もすべて取り払われ、天井も高くなって、新しい屋根も葺き上がり、先ずはひと段落、と思った矢先に大
問題。元は一つの土地建物を兄弟で2つに分割した、その片側を借りた訳だけど、屋根の鉄パイプを立てた壁が実
は隣の壁で、こちらの壁は道路面だけという何とも信じられない話。しかも兄弟仲が悪いようで、隣の大家である兄だ
か弟だかが一昨日の日曜日、「他人の家の壁を使うとはけしからん!新たにそちら側の壁を作れ!」と今頃になって
クレイムを入れて来た。すぐにこちらの大家にその旨伝えると「そりゃ、他人の壁を使うのはまずいだろう。仕方ない
から壁を作ってくれ」との返事。確かに他人の壁を使うのはまずいけど、それはこっちには関係のないこと。契約の時
そんな話は聞いてないし、契約面積違反にもなることで、こちらとしては譲れない。ましてやここまで工事が進んでおり
図面上も新たな壁を作る余裕はない。それで、最悪の場合、工事を中止して裁判に持ち込むしかないと腹をくくった。
こちらの大家、工事関係者にもその旨を伝えて、この件がはっきりするまで、工事を中断することにした。昨日まる一
日、現場は休み。従業員の面接も終わっており、工事も1/3以上終わってる。今後のことを含め、そんな諸々を考え
てた今日の午後になって、どう話がついたのか、2,3簡単な条件がついただけで、そのままで工事を再開してもよい
ことになった。ホッ。
8月17日(木)晴れ一時雨
 先週の水・金と2日間、新聞に求人募集を掲載したところ、かなりの応
募があった。先ず、料理長候補を3人に絞り、それぞれの料理を食べ
たりしてチャオ君に決め、後の料理人5人はチャオ君に面接させ、決め
させた。サービスの女の子は、予想以上にいい子が集まり、殆どが大
卒または大学生で、全員日本語が喋れるというハイレベル。どこまで続
くか分からないけど、かなり期待できそうだ。オープンまでかなり日にち
があるので、とりあえず今日、顔合せを兼ねた食事会をした。現在別に
仕事があったりするので、果たして全員揃うかなと思ったけど、幸いみ
んな来てくれた。食事をしながら全員が自己紹介し、その後カラオケに
行った。この辺の感覚は日本と全く同じ。
8月26日(土)晴れ
ベトナムでの工事の一番の特徴は、レンガとタイルの多用だ。ともかく
何でもレンガでやってしまう。当然木工のはずの部屋の組立てもレンガ
だ。当初は、概念が分からないからか、部屋の柱までレンガで造ろうと
した。勿論木材もあるけど、種類が少ない上にかなり高額で、その為、
レンガで出来るものは、すべてレンガで作る。日本人から見ると、中国
もかなりのレンガ国家だけれど、それでもベトナムに比べればまだ少な
い方だろう。という訳で、中国では日本と同じく木で作った部屋も、こち
らでは全部レンガ。床は上にゴザカーペットを敷くので、こちらも木でなく
タイル貼り。だから工程も全く違ってた。そんな部屋の大体が今日出来
上がった。そんな今の心配は、障子。桟に使える白木が中々見つから
ず、果たして無事に出来上がるんだろうか。
8月27日(日)晴れ
 料理長のチャオ君のパスポートとビザが無事にもらえることになり、
29日深夜(30日午前1時半)発の飛行機で無錫へ料理研修に行くこと
になった。それで今日の昼、チャオ君の家で食事会があり招待された。
兄弟連中も集まって、玄関土間(日本の感覚ではそうなる)に車座に座
って、タイ鍋をご馳走になった。ココナツミルクと唐辛子をベースに使う
というスープがおいしく、結構いけた。それにしても、ベトナムの地元食
は中国と違って日本人の口に合い、毎日の昼の弁当(12,000ドン=6元
=85円)もそれなりに食べれる。食材としては、特に海老とイカが美味し
く、日本で食べる海老の大部分はベトナム産らしい。食後にはフルーツ
もたっぷりだった。ただ、食べた後は特に話し合うでもなく、何となく散会
といった感じで、これはちょっと気抜けだった。
8月31日(木)晴れ一時雨
 工事も後半に入り、一昨日からいよいよ木工工事が始まった。厨房
が臨時の木工所。先ずはバック棚の作成から。日本・中国とも又違った
工程で、バック棚が組み上がっていく。だんだん店らしくなって来て、楽
しみだ。ところで、急に飛行機が飛ばなくなって一日延びたチャオ君の
出発だけど、今日早く(1:30AM)というより昨日の深夜、無事に中国へ
向け旅発った。深夜、飛行場へ見送りに行ったらチャオ君だけで、奥さ
んを含め誰も見送りに来ておらず、拍子抜け。聞くと「明日の朝早いか
ら」とのこと。ベトナムでは女の方が強いと聞いてたけど、これには驚い
た。しかも、上海空港に着いたチャオ君、そこで奥さんから借りていった
日本のデジカメ(こちらでは高級品)を盗まれたらしく、すっかりしょげか
えっていたとか。チャオ君、頑張ってください!



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