旧サイト:ホーチミン胡蝶

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スタッフ日記

 2006年10月14日(土)、何とか開店しました。

以下は、店の工事にかかった8月1日からの奮闘記?です。

8月1日(火)晴れ一時雨
 今日から現場の工事が始まった。朝7時半に現場へ。先ずは取り壊
しから。以前は旅行代理店だったので、それほど込み入った造作はな
く、ただ潰していくだけ。今回の工事は、経費節約もあって、ほぼすべて
自分で図面を描いたので、その点だけが少し心配だ。これから約1ヶ月
半、果たしてどうなることやら・・・。
8月6日(日)晴れ一時雨
 工事が始まって6日目。初めての日曜日。でも今回の工事は土日も
なしの突貫工事。先ずは部屋の仕切り壁を潰し、天井と屋根を取り払っ
てく。前の天井高が2m70cmほどあり、日本では十分な高さだったけど
ベトナムではまだ低いとのこと。日本で屋根を葺き替え、天井高を上げ
るとなると相当な工事になるけど、こちらは簡単なトタン屋根。それで、
天井を3m10cm余まで上げることにした。あと、角地のため、2面道路
に接してる、従来は壁だけだった一面に新たに入口を設けて、レンガを
積み上げた。元々この土地は隣りの建物と一つで、遺産分けで兄弟が
分割したらしく、そのため、古い家の一部が1m余こちらにはみ出して
おり、相当な高さもあるので、その部分はそのまま使うつもりだったけど
残りの壁が全部無くなってみると、それだけ残すのは変で、予定を変更して撤去することにした。かなり大きな壁なの
で、その分工事が遅れるとのことだけど仕方がない。
8月12日(土)晴れ一時雨
 隣りの建物から1m余はみ出してる古い建物の一部の取り壊しが始ま
った。レンガ&コンクリートとはいえ、かなりの壁厚もあり、人力では相
当無理があると思ったけど、やはり人力だった。途中、機械も持って来
たけど、すぐに故障して動かなくなり、結局3日間かけての人力だった。
その後、壁に鉄パイプを取り付けての屋根葺き。ここで又驚かされた。
トタンとはいえ、これだけの屋根(約6m×16m)となるとかなりの大きさ
で、1本を大人が8人掛かりで運び入れた巻物2本だったけど、これを
おっちゃんたった1人、シクロを漕いで持って来た。信じられない脚力。
ともかくこれで、工事開始3日目から青天井だったのが、8日ぶりに屋
根がつき、何となく一安心。
 ところで、下見した時から、何か臭ってた古い建物の一部だけど、何
と、コウモリが4,50匹も棲みついてたのにはこれ又びっくりした。突然
棲み処を追われたコウモリ達は果たして無事に新しい棲み処を見つけ
たんだろうか。中国と同じく、ここでも職人が何人か現場に住み込んで
て、雨季だけに毎日必ずスコールがあり、ここ8日間は屋根も無く、しか
も潰した壁のレンガくずが散乱してるだけに、どうして寝てるんだろうと
思ってたら、さすがは生活の知恵。そのレンガくずに鉄パイプを突っ込
んで柱を立て、ビニールシートを屋根とし、足場に乗せる厚さ5cm程の
踏み台を敷いて雨を防いでいた。屋根が出来てからはむしろ、乾き切
ってない壁のコンクリートからの湿気がこもってかなり蒸し暑く、睡眠環
境はむしろ悪化してた。ここホーチミンでは無錫と違って、銀座の老舗料亭の支店があったり、日本人経営者が多か
ったりと、かなり日本色が強いけど、それでも毎朝どこへ出掛けるのか、絽の着物をキチンと着こなした日本女性が
日傘をさして現場の前を通るのも驚きのひとつ。あと、外資企業の事務所が多いビルの中で、とある会社の入口に
お盆の迎え火といった感じのお供えがどんと置いてあったのもちょっとした驚きだった。最後の1枚は、屋根を運んで
来たおっちゃんのシクロ。
8月15日(火)晴れ一時雨
 敷地内の壁もすべて取り払われ、天井も高くなって、新しい屋根も葺き上がり、先ずはひと段落、と思った矢先に大
問題。元は一つの土地建物を兄弟で2つに分割した、その片側を借りた訳だけど、屋根の鉄パイプを立てた壁が実
は隣の壁で、こちらの壁は道路面だけという何とも信じられない話。しかも兄弟仲が悪いようで、隣の大家である兄だ
か弟だかが一昨日の日曜日、「他人の家の壁を使うとはけしからん!新たにそちら側の壁を作れ!」と今頃になって
クレイムを入れて来た。すぐにこちらの大家にその旨伝えると「そりゃ、他人の壁を使うのはまずいだろう。仕方ない
から壁を作ってくれ」との返事。確かに他人の壁を使うのはまずいけど、それはこっちには関係のないこと。契約の時
そんな話は聞いてないし、契約面積違反にもなることで、こちらとしては譲れない。ましてやここまで工事が進んでおり
図面上も新たな壁を作る余裕はない。それで、最悪の場合、工事を中止して裁判に持ち込むしかないと腹をくくった。
こちらの大家、工事関係者にもその旨を伝えて、この件がはっきりするまで、工事を中断することにした。昨日まる一
日、現場は休み。従業員の面接も終わっており、工事も1/3以上終わってる。今後のことを含め、そんな諸々を考え
てた今日の午後になって、どう話がついたのか、2,3簡単な条件がついただけで、そのままで工事を再開してもよい
ことになった。ホッ。
8月17日(木)晴れ一時雨
 先週の水・金と2日間、新聞に求人募集を掲載したところ、かなりの応
募があった。先ず、料理長候補を3人に絞り、それぞれの料理を食べ
たりしてチャオ君に決め、後の料理人5人はチャオ君に面接させ、決め
させた。サービスの女の子は、予想以上にいい子が集まり、殆どが大
卒または大学生で、全員日本語が喋れるというハイレベル。どこまで続
くか分からないけど、かなり期待できそうだ。オープンまでかなり日にち
があるので、とりあえず今日、顔合せを兼ねた食事会をした。現在別に
仕事があったりするので、果たして全員揃うかなと思ったけど、幸いみ
んな来てくれた。食事をしながら全員が自己紹介し、その後カラオケに
行った。この辺の感覚は日本と全く同じ。
8月26日(土)晴れ
ベトナムでの工事の一番の特徴は、レンガとタイルの多用だ。ともかく
何でもレンガでやってしまう。当然木工のはずの部屋の組立てもレンガ
だ。当初は、概念が分からないからか、部屋の柱までレンガで造ろうと
した。勿論木材もあるけど、種類が少ない上にかなり高額で、その為、
レンガで出来るものは、すべてレンガで作る。日本人から見ると、中国
もかなりのレンガ国家だけれど、それでもベトナムに比べればまだ少な
い方だろう。という訳で、中国では日本と同じく木で作った部屋も、こち
らでは全部レンガ。床は上にゴザカーペットを敷くので、こちらも木でなく
タイル貼り。だから工程も全く違ってた。そんな部屋の大体が今日出来
上がった。そんな今の心配は、障子。桟に使える白木が中々見つから
ず、果たして無事に出来上がるんだろうか。
8月27日(日)晴れ
 料理長のチャオ君のパスポートとビザが無事にもらえることになり、
29日深夜(30日午前1時半)発の飛行機で無錫へ料理研修に行くこと
になった。それで今日の昼、チャオ君の家で食事会があり招待された。
兄弟連中も集まって、玄関土間(日本の感覚ではそうなる)に車座に座
って、タイ鍋をご馳走になった。ココナツミルクと唐辛子をベースに使う
というスープがおいしく、結構いけた。それにしても、ベトナムの地元食
は中国と違って日本人の口に合い、毎日の昼の弁当(12,000ドン=6元
=85円)もそれなりに食べれる。食材としては、特に海老とイカが美味し
く、日本で食べる海老の大部分はベトナム産らしい。食後にはフルーツ
もたっぷりだった。ただ、食べた後は特に話し合うでもなく、何となく散会
といった感じで、これはちょっと気抜けだった。
8月31日(木)晴れ一時雨
 工事も後半に入り、一昨日からいよいよ木工工事が始まった。厨房
が臨時の木工所。先ずはバック棚の作成から。日本・中国とも又違った
工程で、バック棚が組み上がっていく。だんだん店らしくなって来て、楽
しみだ。ところで、急に飛行機が飛ばなくなって一日延びたチャオ君の
出発だけど、今日早く(1:30AM)というより昨日の深夜、無事に中国へ
向け旅発った。深夜、飛行場へ見送りに行ったらチャオ君だけで、奥さ
んを含め誰も見送りに来ておらず、拍子抜け。聞くと「明日の朝早いか
ら」とのこと。ベトナムでは女の方が強いと聞いてたけど、これには驚い
た。しかも、上海空港に着いたチャオ君、そこで奥さんから借りていった
日本のデジカメ(こちらでは高級品)を盗まれたらしく、すっかりしょげか
えっていたとか。チャオ君、頑張ってください!
9月1日(金)晴れ一時雨
 ベトナムで、通訳だけでなくいろいろと手助けしてくれてるUさんは、日
本語の先生でもあって、その教え子の一人が今回日本へ留学すること
になり、その送別会?が彼の自宅であった。兄が2人いて、それぞれ
フランスとオーストラリアに留学中というお金持ち。めったにない機会な
ので、Uさんに付いて一緒に行った。4階建ての広い家で、ともかくお金
持ち!という感じ。一族の人達が20人ほど、それぞれプレゼント持参
で集まってた。レストラン(ケータリング業者?)が、椅子・テーブル持参
で料理・サービスを担当。メニュー表もあり、内容のあるいい料理だっ
た。留学する彼の部屋を見せてもらったが、学業の表彰状だらけ・・・。
部屋には冷蔵庫は勿論、パソコン等すべて揃っており、18才という彼
の物腰・姿勢も正しく、お金持ちのエリートを絵に描いたよう。学者のお父さん、医者のお母さん共に愛想も良く、気持
ちのいい時間が過ごせ、貴重な体験だった。
9月2日(土)晴れ一時雨

 今日9月2日はベトナムの建国記念日。それで、店にも国旗を掲揚し
て、ベトナムに敬意を表す。当然祝日だけど、店の工事は休みなしで、
職人の給料は300%増し・・・。そんな今日、下図段階で何度かやり直
しとなり、遅れていた看板がやっと掛かった。白壁に黒と赤のなかなか
目立ついい看板?だと自画自賛。室内の木工工事も順調に進んでお
り、心配してた部屋の和風パターン塗りの壁もうまく行って、後は、カウ
ンターとその周り及び部屋の障子・ふすまといった造作が主なところ。
予定通り、中旬過ぎには何とか出来上がりそう。ところで、店のすぐ近く
に有名な中華料理店「マンダリン」のホーチミン店があり、欧米の観光
客などが大型バスで食事に乗り付けており、宮元亜門プロデュースの
銀座老舗料亭「花蝶」もすぐ近くにあり、ここは思った以上の一等地・・・。開店が待ち遠しい。
9月13日(水)晴れ一時雨
工事も終盤に差し掛かり、床板の貼り付けも終え、カウンターの立ち上
げとなった。今日までの流れから、当然柱はレンガで立ち上げるものだ
と思ってたら、全部木工だったのがちょっと驚き。手直しを経て、3日間
で形になった。それにしても、中国よりはかなりマシとはいえ、ここでも
工事の後先を考えていないようなところがあり、せっかく貼った床板の
上でも諸々の作業をするので、傷がついたり塗料が落ちたりと散々…。
これから最終的な塗装が始まるけど、キチンと養生をしないので、その
分、監督の目が離せない。そんな今日、工事責任者のロックさんと木工
職人達と一緒に作業が終わった後、現場近くの地元ビアレストランで慰
安と激励を兼ねて一杯やった。前にも別の職人と来たことのある所で、
青空の下、なかなか気持ち良い所だ。
9月16日(土)晴れ一時雨
 いよいよ問題の座敷作りに入った。案の定、問題噴出。先ず、障子。
寸法が違ってるし、塗装がかかってる。実際にはめ込んでみると、上下
はともかく、左右の寸法が足りなかったり、余ったり…。大きさの違う部
屋が2つで障子が2枚と3枚だけど、2つの部屋の桟の幅が違ってる。
壁と柱の角度が微妙に違ってる。2つの部屋の仕切りのふすまの寸法
形が違ってる。等々…。すべて事前に図面を渡して打合せしたことばか
りだけど、どうしてこうも違ってくるんだろうか。全く初めてで理解できな
かったのかもしれないけど、それにしても…。先ずは柱を立ててからと
いう工程が如何に大事かということを再認識した。でも、間違いと分か
った後は、中国の職人と違ってガタガタ文句も言わず、すぐに作り直し
にかかり、この辺が今、中国よりベトナムと言われる理由の一つだろうと納得。
9月18日(月)晴れ一時雨
7月末にホーチミンへ来て以来ずっと、ここで知り合いになったYさんの
お宅に居候させてもらってたが、新しい所へ引っ越すことにした。市の
中心部からバイクで15分ちょっとの市内フーニアン区。道路の奥まっ
た所にある3階建ての一軒家。1階がリビングと台所とダイニング、そし
て洗濯場と物干し&バイクの洗車場。2,3階に2部屋ずつと屋上がつ
てる。トイレが各部屋に1つずつと1階に1つの計5つ。バスも2,3階に
1つずつあり、やたらトイレの多い建物。ここに今度は居候でなく、Yさん
とシェアで住むことにした。家賃は月600万ドン(約3千元=4万2千円)
の半分負担で、家賃の高いホーチミンではまずまずの物件。ただ、前
の家では電化製品から食器・箸に至るまで、すべて揃ってたのが、今度
はテレビ・冷蔵庫・洗濯機・エアコン以外の電化製品はなく、食器類も皆無。それで、かなりの買出しとなった。殆どが
自国製品で製品不良が当たり前の中国と違い、ベトナムでは電化製品は日本のものが多く、しかも値段も安くて、そ
の点は助かる。結局、炊飯器・掃除機・電子レンジ・アイロンその他の小物電化製品や下駄箱・収納棚・食器等々で
17,000,000ドン(約8,500元=12万円)程の買い物となり、ちょっとした出費となった。でも、中国よりまだ少し安いくらい
だろう。なにより、部屋にバストイレがついてるのが有り難い。ただ、盗難が多いので、夜リビングにバイクを入れると
いうのだけは、どうも馴染めない。
9月27日(水)
もうとっくに終わってるはずの内装工事がまだ延々と続いてるけど、予
定通り、24日の深夜(25日午前1時半)、ホーチミンから上海へ向かっ
た。25日の昼前に無錫着。約2ヶ月ぶりの中国&無錫だけど、また少
し新しくなってるように感じられた。店に直行。新君とロンちゃんが迎え
てくれ、程なく料理長の劉君とチャオ君も来た。がここでまた問題発生。
劉君のビザがまだ取れておらず、それでチャオ君のチケットの手配もま
だとのこと。劉君のは短期旅行ビザで、すぐに取れるとのことだったの
が、半月以上経っても取れてない。工事が終わってないのでぼくの滞在
も延ばせず、それで先ずはチャオ君と2人でホーチミンへ戻ることにし、
チケットの手配に行ったら、国慶節前だからなのか、すでにこの先当分
は満席…。急遽あちこち調べ、27日に南京から深センに飛び、そこからホーチミンの便だったらあると分かり、それ
を予約し、セーフ。25日に無錫に戻ったのは、その夜、30年来のお客さんであるFさんが団体で日本から無錫胡蝶
へ来てくださるから。「ともかく美味しい物を…」との要望だったので、劉君と相談して、伊勢海老の造りを出すことにし
た。内陸の無錫で伊勢海老というのも少し変だけど、オーストラリア産という活伊勢海老はまずまずの味で、先ずは
喜んでもらえた。その他、いろいろと食べて飲んでもらって、客単価の最高も更新してもらえ、食後は近くのカラオケク
ラブへ。ぼくも一緒に行って、久しぶりに無錫の夜を楽しませてもらった。翌26日は朝から仕事の山。年内はもう無
錫へ戻って来ないので、店のこと、ネットのこと等、いろいろと仕事が山積し、さらには、3人から2人に減ったベトナム
行きの荷物の整理も結構大変だった。夜、店が終わってから、チャオ君の送別会と強君の誕生日祝いを兼ねて、市
内のカラオケボックスへ。最近出来た広くて豪華な所で、中にコンビニのような所があり、そこで飲物・食べ物を買うと
いう合理的な店だった。内容の割りに料金も安く、朝までやってるらしく繁盛してた。深夜3時、盛り上がってる皆を残
し、チャオ君とぼく、それに劉君とロンちゃんの4人で先に帰った。翌27日、ロンちゃんの知り合いのタクシーに迎え
に来てもらい、チャオ君と南京へ。高速が空いてて、2時間ほどで南京空港着。江蘇省の省都だけあって、結構大き
な飛行場だった。深センまで2時間の飛行。深センでは予約できてるはずのチケットがなく、一瞬ヒヤッとしたけど何と
か確保でき(1時間半もかかった)、19時50分発の深セン航空でホーチミンへ。2時間半ほど乗り、21時10分ホー
チミン着。Uさんが出迎えてくれてた。荷物が多かったので、チャオ君も一緒にぼくの家まで運び、そこからチャオ君
は自宅へ帰った。簡単な荷物の整理を済ませ、寝ようとしたら、26日から日本から料理指導に来てくれてるYさんが
部屋に来た。帰った時にいなかったので、寝てるものだと思ってたら、書き物してたらしい。知人の紹介で来てもらっ
たYさんとは初対面。2時近くまでいろいろと話し込み、就寝。結構ハードな3日間だった。
10月2日(月)晴れ時々曇り一時雨
 先月の26日から料理指導に来てくれてたYさんだけど、結局店の方
の準備が整わなくて、本格的な料理指導が出来たのは最終日の昨日
一日だけだった。しかも、日本人料理長から直接勉強したがってた無
錫の劉君は、一昨日夜に着くはずが台風の為に飛行機が欠航となり、
着いたのは昨日の夜。結局Yさんとは挨拶程度のすれ違いとなった。
劉君を迎えに行き、家で暫らく話した後、劉君と一緒にYさんを送りに行
った。店の方はまだ依然として工事が続いており、料理場の方はようや
くこれからといったところ。それで、当初予定してた5日の開店は当然不
可能となった。それでも、予定より1ヶ月以上も遅れた中国のことを思え
ば、まだマシかも…。
10月8日(日)
 劉君の1週間に亘った料理指導が終わり、今朝早くの飛行機で中国
へ戻った。この1週間は、ともかく開店を前に、連日朝から夜遅くまで
買い物と料理作りに明け暮れ、劉君の働きには本当に感謝一杯という
ところ。本当にご苦労様でした。それにしても、日本から遠いから当然
だけど、ともかく日本食材が高い。鍋釜・食器類の買い物もあり、かなり
の出費となった。そんな劉君の頑張りもあって一応メニューも出来上が
り、一通りは作り終えたけど、チャオ君以下のベトナム人が、どうにも心
もとない。でもそうも言っておられず、1週間後の14日に開店すること
にした。待機してもらってる女の子達も含め、あと1週間で何とか形にし
なくてはならない。まだグラス等の食器も揃っておらず、中々良い物もな
く、いつもながら、開店前のこの時期が一番忙しい。そして、店の方はあちこちの手直し等の工事がまだ続いている。
最後まで決まってなかったカウンター椅子を買いに、一昨日、家具通りへ行った。道の両側ずっとみんな家具屋さん
全部の店を歩いて見たけど、結局木のカウンター椅子は無かった。本当にベトナムは木製品が少ない。それで急遽
いつも行ってる近くのカフェにある木のカウンター椅子をそっくり真似て、作ってもらうことにした。客席のテーブル椅
子も中国のをそっくり真似て作ることとなり、この辺は全く思いもしなかったことだ。そしてそんな今日、劉君と入れ違
いに、中国から車君が来た。日付が変わったばかりの午前1時前に劉君と一緒に空港へ迎えに行った。これから約
3ヶ月、こちらで頑張ってもらうことになる。数時間後に発つ劉君が部屋でいろいろとレクチャーしてた。
10月12日(木)曇り一時雨
 やや見切り発車気味だけど、今日から営業を開始した。とは言っても
今日、明日は皆の練習を兼ねた「無料試食会」。テーブル椅子・カウン
ター椅子ともに間に合わず、カウンター椅子は無し・テーブル椅子レンタ
ルということでのスタートとなった。しかも前から頼んでた地元有力ビー
ル「タイガー」の生ビールが、毎日「明日には設置」との言葉のままつい
に今日になり、また同じ返事。それで午後になり急遽別のビール会社を
探し、2時過ぎ「カールスバーグ」と連絡がとれ、僅か数時間で設置して
くれた。この差は一体何なんだ?そして開店。8組20数人というさほど
忙しくない客数だったけど、いっ時になったせいもあり、厨房・ホールと
もにパニック。予想はしてたけど、大変だった。それでもタイミングよく日
本のお客様でもあるUさんが、出張と重なって7人の団体で来てくれ、しかも料金まで払って頂いて嬉しく且つ大助か
り。同居人のYさんもヘネシーを2本、開店祝いにキープしてくれた。9時半過ぎにはお客さんも切れ、あとは反省会。
明日もう一日、練習の試食会をして、明後日からいよいよ本番。果たしてうまくいくだろうか。
10月13日(金)晴れ時々曇り
 問題発生!中国から手伝いに来てくれてる車君のビザが更新できな
いとのこと。中国では短期の観光ビザしか取れず、こちらで簡単に更新
できるとのことだったけど、ベトナムで開催されるAPECの影響で、今の
ビザは全部更新しないとのこと。しかも車君のビザは12日まで。それで
急遽Uさんの知り合いの中国系ベトナム人の旅行代理店に相談。出た
結論が一旦ガンボジアに出て再入国するというもの。当初は、昨夜の
営業が終わってからタクシーでカンボジアに行き、昼の飛行機で戻って
来れば営業に間に合うとのことだったが、ビザがおりるのが午後4時半
ということで、これはダメ。結局朝9時のバスでカンボジアに行き、午後
5時の飛行機で戻ってくるということになった。車君がいないとキチンと
した料理が出せないので、店に戻るまでは営業休止ということにした。車君一人だけでは心もとないので、ぼくも同行
することにした。朝8時半過ぎ、バス乗り場でもない指定の住所に停まってるバスに乗車。トイレも付いた結構キレイ
なバスだった。ほぼ満席の40人ほどの乗客を乗せて出発。2時間ほどで国境着。小1時間で国境通過。他の一般客
に比べてバスの乗客は、その分運賃に含まれているのか、手続き時間はかなり短かった。国境を越えた所の地元の
レストランで昼食。初めて見るカンボジアはかなりまだ遅れてた。3時半頃プノンペン着。信号も少なく、田舎の中都
市といった感じ。バスを降りてタクシーを探したが見つからず(カンボジアで見たタクシーは飛行場で待機してた3台だ
け)バイク3輪で飛行場へ。このバイク3輪がとんだオンボロで全くスピードが出ず、4時過ぎ飛行場着。急いでカウン
ターへ行ったけど、聞いてた5時の飛行機は無くて、6時50分発だけだった。これで今日の営業はほぼ絶望的。仕方
なく車君とお茶。時間になりカウンターへ行くと、今度は車君のビザ関係の書類が無いので、ホーチミンへ問い合せる
とのことでかなり待たされた。その間、ホーチミンのUさんに電話して、向うからも動いてもらったけど、結局チケットは
発券されず、プノンペン泊りとなった。ガイドブックで安ホテルを探し、ツインでエアコン使用15ドル不使用12ドルとい
う所で泊まる。狭い階段で5階だったけど、部屋はそれなりに小ぎれいだった。近くに欧米人街があり、そこのピザ屋
で夕食を食べ、10時頃ホテルへ戻って寝る。結局、ホーチミンへ来て以来初めての、思わぬ休日となった。
10月14日(土)曇り一時雨
 昨日ホテルに着いた時は暗くてよく分からなかったけど、ホテルの前
はきれいな博物館と王宮で、朝起きて小雨の中、車君と散歩した。昨夜
のタクシーが7時40分に迎えに来てくれ、ベトナム領事館へ。タクシー
の初乗り料金は$7で大変高く、これでは台数も少ないわけだ。8時だ
と聞いてた領事館の開門は8時半で、時間まで付近を散策。一等地で
大きな建物が多かったけど、無人の所も多く、工事中の物もかなりあり
まだまだといった感じ。時間になり行ったけど開門しておらず、警備の
警官に聞くと今日は祝日で休みだとのこと。店は今日から開店だから
どうしても帰らなければならない旨伝えると、傍にいた同僚らしい私服
警官?が$60で何とかするとの事。$30と聞いてたので倍だけど、仕
方なく了承し、パスポートを渡して依頼する。ところが、これが真っ赤なウソ。念の為、再度領事館へ行くと開館して
た。土曜日なので30分遅れになってたらしい。領事館員に「だまされた!」と話しても「カンボジア警察のことは知らな
い」との返事で、戻って当の警備の警官に文句を言っても「I don’t know」で取り付く島もなし。仕方ないからその
警官と負けた記念写真。それでも1時間後、「友人に無理を言った」との言葉と共に1ヶ月のビザが手に入り、ともかく
これで戻れることになった。せめてもと、その私服警官?のバイクに3人乗りして空港まで送らせ(これで5ドル分は取
り返せた)、昼12時半の飛行機でホーチミンへ。着いてまっすぐ店に直行。昨日一日営業できなかったので、一昨日
だけの練習でぶっつけ本番。特に宣伝もしてなかったけど、それなりのお客さんがあり、当然店内は厨房・ホール共
に大混乱。おまけに店を閉めて帰る時、どうした訳か入口のガラス戸が2つに割れて破損。何かあまり幸先の良くな
さそうな門出となった。
10月24日(火)晴れ一時曇り
 開店して10日、当初の1週間は30%OFFということにしたけど、それ
でも申し訳ないほど、料理・サービス共にボロボロだった。殆ど宣伝らし
いこともしてなかったので、それほど多いお客さんでもなかったのが、せ
めてもの幸いだった。皆が少し慣れて来た土曜日から本来の料金にし
たけど、それでも少し混んでくると特に料理の出来が遅い。皆がまだよ
く料理が分かっておらず、ただウロウロしてるのが多い。表のサービス
は、連日の特訓の甲斐あってか、かなり良くなって来た。そして今日、よ
うやくカウンター椅子が届き、これでようやく店は出来上がり、と思った
ら、カウンターのバック棚の漆喰があちこちで剥離しており、やり直し。
肝心の名刺や伝票もまだで、本格的な営業開始にはまだ日にちが要り
そう。だから思い切った宣伝もできず、家賃が高いだけに頭の痛いことだ。